東北の歴史は、中央政権からの抑圧と侵略の歴史でもあります。
東北から西方の制覇を目論んだことはことはなかったけれども
(あったとしたら伊達政宗くらいかも)
いつも中央権力の威圧と横暴に苦しめられた歴史でもあります。
4、 豊臣秀吉による天下統一は北条氏政の降伏(天正18年)
によって終わっていると歴史教科書では教えられていますが
実はその後に二戸城(岩手県二戸市)を拠点に九戸政実が
北奥羽の武士を集めて、秀吉の天下統一に抵抗して戦った
「九戸政実の乱」がありました。
豊臣軍六万五千に対して二戸城に五千人で戦い
最後は諜略によって斬首されてしまいます。
これで初めて天下統一がなったというのが事実です。
5、そして、幕末戊辰戦争がはじまると、会津と庄内藩の救済嘆願から
始まったのが「奥羽列藩同盟」です。会津、庄内の両藩が朝敵扱いされ
ていることに「不義」を感じた東北の各藩が同盟を結んだのです。
当初は軍事的な意味合いはなかったと思いますが
薩長側があくまで敵視し強圧的であったために
軍事的同盟にならざるを得なかったのです。
その後、越後長岡藩なども加わり、東北と新潟の31藩となり
「奥羽越列藩同盟」となりました。
われわれからすれば「正義の同盟」です。
当時のアメリカ公使は本国に
「いま日本には二つの国がある。現在北方政府が優勢である。」
と伝えています。
新潟から東北、北海道までを含めた「北部政府」を構想していたようです。
実現していたら、まさに「二つの日本」が出来たことになります。
結局、薩長側の策略や工作、同盟同士の裏切りで瓦解してしまい
「賊軍」の汚名を着せられて明治を迎えることになったのです。
その後、近代になっても「東北」は差別と蔑視の辛い歴史がつづく
ことになりました。
「東北人」は決して、愚鈍や蛮民などではなく
「正義感」が強く、忍耐強く、友好を重んじる
縄文人的性格の人が多いところだと思っています。
東北人としてのプライドをもっと持ていきたいものです。
以上、こんな歴史のある「東北」ですから
観光の切り口として
「もう一つの日本~東北」
を提唱していきたいと思います。
