温泉社長のちょっと一言

2009 年 11 月 のアーカイブ

志戸平温泉の歴史2 ”創業当時の様子” の巻

2009 年 11 月 12 日 木曜日

 

 志戸平温泉の創業は、天保元年(1830年)ですが、

 その当時の社会状況はどうなっていたか?

 

 

 「伊勢御かげ参り」という、いうまでいう“旅行ブーム”

 が起こっています。

 

 全国から伊勢神宮にお参りに行くのが、大流行したのです。

 

 また、翌年(1831年)にロシア船が蝦夷(北海道)に侵入

 してきて、役人(東北の藩士)を交戦しています。

 

 そして、創業間もない天保四年から七年まで「天保の大飢饉」

 があり、花巻地方でも多くの餓死者が出るという時代でした。

 

 

 志戸平温泉の創業は、初代善太郎、二代善太郎(同じ名前を継いだ)、

 三代音治、四代逸郎、五代大作と続いてきたのです。

 そもそもの久保田家のルーツを理解してもらうために、今回は、

 本家(屋号・晴山)の話を中心にしたいと思います。

 

 もともとは秋田藩の藩士だったようですが、関ヶ原の戦いで徳川方に

 味方しなかったために久保田城を追われ、奥羽山脈を越えて来て、

 いまの西晴山地域(志戸平から花巻市内方向に3km程進んだあたり)

 に住み着いたのが始まり(本家)のようです。

 

 

 本家の初代は江戸中期の1700年前後、善三郎という人が始まりと

 されていて、二代善右ェ門、三代善助、四代平助と続きます。

 (なぜか、“善”の付く人が多いです。)

 

 

 地元の新田開発や治水、潅漑工事に尽力貢献しながら、

 大きな財力を持つようになります。

 花巻市内から自宅までの約8kmを自分の田んぼだけを通って帰れる程の

 富豪一族になったようです。

 

 

 

 ということで、次回は、さらに詳しく本家と温泉業についてのお話を

 したいと思います。