昭和4年の秋、
父、逸郎のいとこが水戸の高等学校に
勤めている縁から県立水戸中学校付属夜間中学に
3年生で二学期から入学できることとなった。
久し振りに出来る勉学に深い喜びを感じたようです。
冬休みに帰郷したときは
息子の元気な姿をみて、母キソは
涙を流して喜んでくれたのでした。
翌年(昭和5年)には、私立茨城中学校の
4年生に編入学し、通常の学生生活に戻ったのでした。
そのころのエピソードを酒を飲むと
よく聞かされたものです。
たとえば、
「軍事教練放棄事件」~
攻撃隊の中隊長だったときに
「馬鹿馬鹿しいからやめよう!」と解散してしまい
教官大尉から呆れられた事件。
「通信簿訂正事件」~
テストで答案を見せてやった級友が ”甲”で
自分が ”丙”だったことに憤慨し
教師に直談判して ”甲” に訂正させた事件。
などなど、、、、、。
「私は盛岡中学の友達と茨城中学の友達と2つ持っている。
すごく得した学生時代だったと思う。」
と言ったことがあります。
人生の逆境も考え方で
幸福にも見えるし、不幸にも見えるということです。
(つづく)

